すずめのスピリチュアルな意味と厄をついばむ鳥と呼ばれてきた理由

霧深い森の中で、苔むした岩の上に止まったスズメが、小さな黒い塊から光る粒子を飛び散らせながらくわえている様子を描いた幻想的な写真。背景には石灯籠が見える。

結論から言うと、すずめが運ぶメッセージにこわい意味はほとんどありません。ただ、この記事は「幸運の象徴です」だけで終わらせるつもりはありません。秋の稲を食べてしまう害鳥だったすずめが、なぜよりによって縁起物として扱われるようになったのか。その理由まで、最後まで書きます。

「幸運の象徴、とはよく聞くけど、結局どういうことなのか分からない」

目次

すずめが運ぶスピリチュアルメッセージ6つ

すずめは古くから幸福を呼ぶ鳥、縁起がいいとされてきました。ふくら雀という言葉があるように、ふっくらとした姿そのものが福を呼ぶものとして愛でられてきた歴史があります。

すずめは一年中同じ場所で暮らす留鳥です。夏だけ姿を見せて去っていくツバメとは、メッセージのつき方が少し違います。

意味どんなときに受け取りやすいか
小さな幸運の訪れ日常の中でふとすずめの姿が目に留まったとき
家庭円満・子孫繁栄家族がそろっている場面ですずめを見かけたとき
商売繁盛・金運店先や職場の近くですずめを見かけたとき
厄除け(厄をついばむ)気になることが続いているときに姿を見せたとき
神の使い神社の境内ですずめに出会ったとき
変化・転機の知らせ環境が変わる時期にすずめが目につくようになったとき

気になる項目から、確かめてみてください。

小さな幸運の訪れ

大きな幸運というより、日々の中のささやかな幸せのサインです。宝くじが当たるような大きな出来事ではなく、探し物が見つかる、ちょっとした頼み事が通る、そういう小さな幸運の方に寄せて受け取ってください。

家庭円満・子孫繁栄

すずめは群れで暮らし、同じ巣や同じ場所に毎年戻ってくる習性があります。ここから、家族が離れずに集まって暮らす様子や、子孫が続いていく様子が重ねられ、家庭円満や子孫繁栄の意味が付けられてきました。

商売繁盛・金運

すずめは稲を食べる鳥です。稲は昔から富の象徴でもあるため、稲とともにある鳥として五穀豊穣、そこから商売繁盛や金運の象徴として語られてきました。

厄除け(厄をついばむ)

「厄をついばむ鳥」という呼び方をされることがあります。稲を食べてしまう鳥が、なぜ厄除けの鳥にもなったのか。この反転には、ちゃんとした理由があります。

神さまの使い

稲荷神社をはじめ、五穀豊穣の神を祀る社とすずめは、古くから関わりが深いとされています。稲を扱う神と、稲を食べるすずめが同じ場所にいる。この組み合わせ自体に、意味があります。

変化・転機の知らせ

急にすずめの姿が増えたり、逆に見かける機会が変わったりしたときは、環境や気持ちの変化のサインと受け取られてきました。中国から伝わった時候の言葉の中に、すずめの変化を季節の節目として捉えた表現があり、この意味の出どころになっています。

幸運を運ぶ鳥は、すずめだけではありません。ツバメのスピリチュアルな意味鳩のスピリチュアルな意味にも、それぞれの意味があります。

6つの意味のうち、複数が同時に当てはまることもあります。そのときは、いちばん強く感じたものを優先して受け取ってください。

すずめが「厄をついばむ鳥」と呼ばれてきた理由

結論から言うと、すずめは縁起が良い鳥とされています。その裏付けとしてよく語られるのが、「厄をついばむ鳥」ということばです。

ただ、すずめの「食べる」という行為が、なぜ厄を払う話に変わったのかまで書いているところは、あまり多くありません。

同じ「たくさん食べる」という行動でも、立場が変われば意味は正反対になります。育ち盛りの子どもがご飯をおかわりする様子は、家計を預かる側からすれば出費がかさむ困りごとですが、作った側からすれば「よく食べてくれる、うれしい」という喜びに変わります。同じ行動が、誰から見るかによって全く違う意味を持つ。すずめの縁起にも、これと同じ構造があります。

稲を食べる鳥が、なぜ縁起物になったのか

すずめは秋になると稲穂に群がり、集団で稲を食べてしまいます。農家にとっては長く食害の対象で、田んぼに防鳥網を張るのはこのためです。一方で、春から初夏の子育ての時期には、すずめは自分のヒナに与えるために田畑の害虫を大量に捕ります。稲を食べる口と、害虫を食べる口は、同じすずめの同じ口です。「食べる」という行動そのものが、季節によって害にも益にもなる。この二面性が、すずめの意味が反転していく下地になっています。

伏見稲荷の参道で出されてきた「雀の姿焼き」

伏見稲荷大社の参道では、雀の姿焼きが門前名物として出されてきたと伝わっています。五穀豊穣の神を祀る社の足元で、稲を食べてしまうすずめを退治することが信仰のあらわれだったという説と、お供えのお下がりを参拝者が分け合った神事の名残だという説が伝わっています。近年は扱う店が減っているとされますが、稲を食べる鳥と、稲を守る神が同じ参道の上で向き合ってきたという構図そのものが、すずめの意味の反転をよく表しています。

ふくら雀に込められた「食べるものに困らないように」の願い

冬になると、すずめは羽毛をふくらませて丸くなります。この姿を指す「ふくら雀」は、冬の季語にもなっています。ふっくらしているということは、食べるものに困らないようにという願いから、「福良雀」「福来雀」と縁起のいい字が当てられ、福を呼ぶ姿として親しまれてきました。振袖の帯結びには「ふくら雀結び」があり、見合いや結納の席で結ばれてきたと言われています。娘が一生食べるものに困らないように、という願いが込められているそうです。

武家が家紋に選んだ「竹に雀」の取り合わせ

竹に雀という組み合わせも、古くから縁起のよい図案として使われてきました。寒さの中でもまっすぐ立つ竹と、五穀豊穣を運ぶすずめの取り合わせが好まれ、上杉家の「上杉笹」、伊達家の「仙台笹」など、武家の家紋にも取り入れられたと伝わっています。稲を食べる鳥が、家の格式を表す紋にまでなった。これも、すずめの意味が反転してきた歴史の一部です。

秋の稲を食べてしまう害鳥だったのに、その「食べる口」を「厄をついばむ口」と読み替えた人たちがいた。すずめが縁起物として扱われてきた理由は、可愛さや珍しさではなく、この読み替えにあります。

【状況別】すずめのスピリチュアルメッセージ

すずめを見かけた状況によって、受け取れる意味は変わります。

まずは早見表で、自分が見た状況を探してみてください。

見かけた状況メッセージ・受け取り方
寄ってくる・近づいてくる小さな幸運が近づいている。珍しいことなので大切に。
逃げない・目が合った心を許された合図。特別な瞬間として受け取る。
つがい(2羽)でいた恋愛運・パートナーシップ。関係が深まる兆し。
大群・たくさん集まっている幸運と援助。不吉な前触れではない。
目の前を横切ったチャンス・見守り。安全確認を優先して。
鳴き声・さえずりが耳に残った好意・良い知らせ。朝・夕方・夜で意味合いが変わる。
窓にぶつかった・つついてくる転機・見落としへの気づき。怖がらなくて大丈夫。
砂浴び・水浴びをしていた浄化。待ち人が現れる言い伝えも。
雛(落ち雛)を見た努力が実る前触れ。そっと見守るのがよい。
家の中に入ってきた大きな幸運の兆し。慌てず出口を作る。
白いすずめを見た最上級の吉兆。白い動物が神聖視される文脈。
抜け羽を拾った身軽になる・守りの合図。静かな守りのしるし。
フンが落ちてきた「運がつく」の語呂。深追いしなくていい。

自分が見た項目から、読み進めてください。

すずめが寄ってくる・近づいてくるとき

野生の鳥は、本来は人との距離を保とうとします。その警戒心の強い鳥が自分から距離を詰めてくるのは、めずらしいことです。近づいてきたときは、小さな幸運が近くまで来ているサインとして受け取ってください。

すずめが逃げない・目が合ったとき

すずめが逃げずに、目が合ったまま動かない瞬間があります。公園のベンチで、足元まで来てじっと視線を合わせてきた、という声もよく聞かれます。何かを伝えたいのかと気になる人もいますが、警戒心の強い鳥が視線を合わせたままでいてくれること自体が、心を許された合図として受け取ってください。

逃げる・逃げないは、すずめにとって命を守るための判断です。逃げないという選択をしたこと自体に意味があります。目が合っている時間の長さは、あまり気にしなくて大丈夫です。

一瞬でも数秒でも、逃げずにこちらを見た事実は変わりません。長く見つめ合っても一瞬でも、同じ意味の合図として受け取って大丈夫です。

つがい(2羽)のすずめを見たとき

2羽ですずめを見かけたときは、恋愛運やパートナーシップの兆しとして受け取られています。なぜ2羽が恋愛の意味になるのかというと、ギリシャ・ローマの神話にさかのぼる話があります。すずめは愛と美の女神アフロディーテの聖鳥のひとつとされ、繁殖力の旺盛さから愛の象徴として解釈されてきたと言われています。

2羽で寄り添う姿がそのまま、パートナーとの関係に重ねられてきたわけです。恋愛運として受け取るときは、今いる相手との距離が近づく兆しとして読んでも、これから縁がつながる兆しとして読んでも、どちらでも当てはめて受け取ってください。

すずめが2羽そろっていたという事実が先にあって、その先の相手が誰かは、見た人の暮らしの中にしかないからです。片方だけ少し離れて見えたときも、まだ距離があるというだけで、悪いサインではありません。鳩を2羽見かけたときの意味は、二羽の鳩のスピリチュアルな意味でも詳しく書いています。

すずめの大群・たくさん集まっているとき

すずめが大群で集まっている姿を見ると、何か悪いことの前触れではないかと不安になる人もいます。ですが、これは予兆ではなく、ごく普通の集団行動です。ねぐら入りや採餌のためによく見られる行動で、むしろ幸運と援助が近づいているサインとして受け取ってください。

すずめの数が多いことは、昔からにぎわいと実りの多さに重ねて読まれてきました。人里に多く集まるのも、タカやハヤブサ、モズやカラスといった天敵が人を警戒して近づかないためだと考えられています。

人が住まなくなった廃村や無人島からは、すずめの姿も消えていくと言われています。大群のすずめがいる場所は、それだけ人の気配が生きている場所だということです。

すずめが目の前を横切ったとき

すずめが目の前を横切ったときは、チャンスの訪れや見守られているサインとして受け取られてきました。横切るというのは、進んでいる方向を横から一瞬さえぎられる形です。この形は、立ち止まれという警告ではなく、そばで見ているという合図として読まれてきました。

すずめは人を強く恐れる鳥ではなく、人里のすぐそばで暮らす鳥だからです。危険を知らせに来た使いというより、様子を見に来た隣人に近い読み方をされてきました。左右どちらから横切ったかで吉凶が決まるという俗説もありますが、根拠のある話ではありません。

低い位置をすっと横切ったときは近い変化、高い位置を横切ったときはもう少し先の変化、というように高さで語られることもありますが、こちらも言い伝えの域を出ません。運転中に横切ったときは、意味を考えるより先に安全確認を優先してください。鳩やツバメが横切ったときの意味は、鳩が目の前に現れたときのスピリチュアルな意味ツバメが横切るスピリチュアルな意味でも取り上げています。

すずめの鳴き声が耳に残ったとき

すずめの鳴き声、さえずりがふと耳に残ることがあります。好意や良い知らせのサインとして受け取られてきました。朝の鳴き声は一日の始まりを告げる明るい知らせとして受け取られてきました。

すずめは本来、日が沈んだあとは静かに休む鳥です。夜にすずめの声を聞くのは、朝や夕方に聞くよりも珍しいことです。珍しい分だけ、大きな知らせが近づいている前触れとして、強めに受け取られることがあります。

ただし、街灯や看板の明かりで目が覚めてしまっているだけのことも多いため、怖がらなくて大丈夫です。夕方の鳴き声はその日を締めくくる穏やかな知らせとして、朝や夜とはまた違う受け取り方をされてきました。夜に鳥の声が気になったときの意味は、夜にカラスが鳴くスピリチュアルな意味でも書いています。

すずめが窓にぶつかった・窓をつついてくるとき

何度も窓ガラスをつついてくる、ホバリングしながら室内を覗き込んでくる、そんなすずめに戸惑う人は少なくありません。怖い、気味が悪い、しつこくて理由がわからない、という声もよく聞かれます。ただ、この行動にはよく知られた理由があります。繁殖期のすずめは、窓に映り込んだ自分の姿を別のすずめと勘違いして威嚇することがあると言われています。理由がわかれば、怖さはずいぶん軽くなるはずです。スピリチュアルな受け取り方としては、転機や見落としへの気づきのサインとされています。

すずめの砂浴び・水浴びを見たとき

地面や砂の上でばたばたと砂浴びをしたり、水たまりで水浴びをしたりする姿は、浄化のサインとして受け取られています。体についた汚れを自分で落とす動作が、神社で手や口をすすいでから参拝する禊(みそぎ)や、厄払いの動きと重ねて見られてきたからです。汚れを落としてから先に進む、という順番が、昔から大事にされてきました。

砂浴びと水浴びで、意味が大きく分かれているわけではありません。砂浴びは羽についた虫や汚れをこすり落とす動きが目立つぶん「悪いものを払い落とす」側に、水浴びは水を使うぶん「洗い流して清める」側に、それぞれ少し寄せて読まれることが多いという程度の違いです。すずめが水浴びをしている場所には、待ち人が現れるという言い伝えも残っています。

すずめの雛(落ち雛)を見たとき

巣立ちの途中とみられる雛を見かけて、かわいそう、助けたいけれどどうすればいいのかわからない、手を出して申し訳なかった、という声もよく聞かれます。多くの場合、これは巣立ちの途中で、近くに親鳥がいることが多いと言われています。そっと距離を取って見守るのがよいとされています。

「このまま放っておいていいのだろうか」という焦りは、優しさから来るものです。多くの雛は、飛び方を練習している途中で一時的に地面に降りているだけで、見えないところに親鳥が控えています。スピリチュアルな意味としては、努力が実る前触れとして受け取られています。

地面に降りている今この瞬間は、飛べるようになるまでの助走の時間だからです。焦って手を出したくなる気持ちは、そのまま持っていて大丈夫です。ただ、その気持ちの置き場所は、雛に触れることではなく、静かに見守ることの中にあります。

すずめが家の中に入ってきたとき

すずめが家の中に迷い込んでくることがあります。大きな幸運の兆しとして受け取られてきました。慌てず、窓や戸を開けて出口を作ってあげれば十分です。

白いすずめを見たとき

白いすずめは、通常のすずめよりもさらに強い吉兆として扱われます。白い動物は古くから神聖な存在として扱われてきた文脈があり、その中でもめったに出会えないという珍しさが、最上級の意味を後押ししています。

すずめの抜け羽を拾ったとき

玄関の前に羽が1枚、きれいに落ちていた。なぜここにあるのか気になる、という声もあります。ここはまだあまり語られていないテーマですが、羽は「軽さ」や「身軽になること」の象徴として、また見えないところからの守りの合図として受け取ってください。

すずめのフンが落ちてきたとき

すずめのフンが落ちてくると、「運がつく」の語呂合わせで縁起がいいと言われることがあります。ここは深掘りせず、フンの意味や場所別の受け取り方は鳥のフンが落ちてきたスピリチュアルな意味にゆずります。

【場所別】すずめを見かけた場所が教えてくれること

見かけた場所によっても、受け取り方は少し変わってきます。

ベランダ・物干し竿

ベランダの手すりに数羽が一斉に来て、鳴き交わしている。嬉しい、可愛いという声もよく聞かれる場面です。ベランダは外からの知らせが入ってくる入口として扱われ、家の外の世界からの良い知らせと結びつけられています。

庭・植木のまわり

庭にすずめがいたらどうなるのか、という疑問もよく聞かれます。庭にすずめが来るのは、繁栄と豊かさのサインとして受け取られてきました。

植木や地面に降りて餌をついばむ姿が、庭という場所そのものに実りがあることの表れとして読まれてきたからです。庭の手入れが行き届いているかどうかより、すずめが安心して降りられる静けさがあるかどうかが大事にされてきました。

家の屋根・軒下

屋根や軒下ですずめを見かけたときは、家全体を守ってくれているサインとして受け取られています。屋根や軒下は、家の中と外の境目にあたる場所です。

その境目にすずめがいることは、外からの良くないものを家に入れない見張りのような役割に重ねられてきました。ベランダで受け取る知らせよりも、家そのものの守りに近い意味合いで語られてきた場所です。

神社の境内で見かけたとき

神社の境内ですずめに出会ったときは、歓迎のサインとして受け取ってください。稲荷神社をはじめ、五穀豊穣の神を祀る社とすずめには、古くからの結びつきがあります。稲を食べる鳥が、稲の神を祀る場所でも大切にされてきたのは、そういう歴史があってのことです。

職場・お店の前

職場やお店の前ですずめを見かけたときは、商売繁盛の文脈で受け取られています。

場所によって受け取り方が変わるのは、すずめが暮らしの近くにいる鳥だからです。どの場所で見ても、意味そのものは重なり合っています。

すずめが集まる家・すずめが寄ってくる人

自分の家にだけよく来る、自分にだけ寄ってくる。そう感じている人も多いはずです。

すずめが集まる家に言われてきたこと

すずめがよく集まる家は、縁起の良い家だと言われてきました。風水でもすずめは福を呼ぶ鳥として扱われることがあります。細かい方位までは踏み込みませんが、家に良い気が集まっている、というざっくりとした受け取り方で十分です。

すずめが人のそばにしかいない理由

すずめが人のそばに集まるのには理由があります。

すずめの天敵であるタカやモズは、人を警戒して人家の近くにはあまり近づきません。すずめはこの性質を利用して、人のそばで子育てをしていると考えられています。人間は、意図せずすずめの見張り台の役目を果たしているというわけです。実際、人が住まなくなった村からは、すずめも姿を消していくと言われています。すずめが集まる家というのは、それだけ人の気配が生きている家だということです。

すずめが寄ってくる人はどんな人か

「どんな性格の人に寄ってくるのか」と気になる人もいますが、性格を決めつけるような話にはしません。まず言えるのは、じっと静かにしている人のそばには、すずめも近づきやすいという、ごく当たり前のことです。そこから先には、気配や、その場に漂う空気のようなものが関係していると言われています。落ち着いた気配のところに、すずめは集まりやすいのです。

自分の家に来ている理由も、自分に寄ってくる理由も、ここまでは一般論です。今のあなたの暮らしに何が起きていて、それがどうつながっているのかまでは、この記事だけでは書ききれません。気になっているなら、一度誰かに話してみるという選択肢もあります。


すずめが巣を作った家に「縁起が悪い」と言われる理由

巣ができると「縁起が悪いのでは」と不安になる人もいます。

巣ができた家に言われてきたこと

すずめが巣を作るのは、その家が選ばれた側だという言い伝えがあります。巣ができること自体は、古くから吉のサインとして扱われてきました。

「縁起が悪い」と言われるようになった背景

「縁起が悪い」という声が出てくるのは、フンや鳴き声といった生活上の困りごとが先にあるからです。巣そのものについての言い伝えは、吉とするほうが古くからあります。気になることがあれば、住んでいる自治体の案内を確認してください。ツバメが巣を作る家の特徴は、ツバメが来る家のスピリチュアルな意味でも書いています。

巣ができたことも、フンや鳴き声の悩みも、どちらも同じ家に起きていることですが、意味としては切り離して受け取ってください。

すずめの死骸を見たとき

玄関先や庭で死骸を見つけて、ショックを受けたり、不気味に感じたり、申し訳ない気持ちになったりする人は少なくありません。何かの前兆ではないかと怖くなる人もいます。稲荷神社の帰り道で見つけて不安になった、という相談も多く見られます。同じ不安を抱えている人は、決して少なくありません。

不吉な知らせではない理由

すずめの死骸を見ることは、不吉な知らせではありません。何度も繰り返し見るのでなければ、意味を探しすぎなくて大丈夫です。春から夏は巣立ちの季節で、まだ飛び慣れないヒナが力尽きてしまうことは、残念ながら普通に起こります。

玄関先や庭で見つけたとき

玄関先や庭で見つけたときも、考え方は同じです。意味を探しすぎず、静かに見送ってあげれば十分です。

怖さや申し訳なさを感じてしまうのは自然なことです。無理に意味づけをしようとしなくて大丈夫です。

すずめを見かけなくなったとき

毎朝来ていたすずめが、急に来なくなった。最近まったく見かけない。そう感じている人は、少なくありません。

運気が落ちたわけではない理由

顔を合わせなくなったのは、あなたが嫌われたからではありません

引っ越していった隣人を思い浮かべてみてください。毎日挨拶を交わしていた相手が急に見えなくなっても、それはあなたが何かしたからではなく、相手の側の事情がほとんどです。すずめが来なくなったことも、これと同じです。あなたの家の運気が落ちたわけではありません。

自分の家だけか近所全体かを見分ける基準

自分の家の周りだけ減っているのか、近所や通勤路でも見かける数自体が減っているのか。ここを確かめてください。

もし全体で減っているなら、それは日本中で起きていることです。第2回(1997〜2002年)と第3回(2016〜2021年)の全国鳥類繁殖分布調査を比較した研究では、18年間で62.1%にまで減ったと推計されています。年率にすると約2.6%で、このペースが続けば26年ほどで半分になる計算です。減っている理由として、瓦の隙間や軒下といった巣を作れる場所のある家が減ったこと、空き地や草地が減って餌になる種子や虫が少なくなったことが挙げられています。自分の家の周りだけ減っているなら、巣を作れる隙間や、近くの餌場が変わっただけのことが多いです。

寂しさを感じる気持ちについて

いなくなったことに、何か意味を求めたくなる気持ちは、否定しなくていいものです。ただ、その寂しさは、あなたが何かを間違えたことの結果ではありません。

すずめの言い伝えと、世界のすずめ

すずめの意味の細かい部分には、それぞれに出どころがあります。

舌切り雀の原型に、舌を切る場面がない理由

舌切り雀といえば、糊をなめてしまったすずめが舌を切られる場面を思い浮かべる人が多いはずです。ですが、この話の原型には、舌を切る場面がありません。もとになっているのは、鎌倉時代初期、1221年ごろに成立した説話集『宇治拾遺物語』巻第三に収められた「雀報恩の事」、通称「腰折雀」です。腰を折られたすずめを助けたお婆さんが、お礼にもらった種から、米の出る瓢箪を得るという、純粋な報恩の話でした。糊をなめて舌を切られる場面や、大小2つのつづらといった要素は、江戸時代の草双紙などを通じて、後から加わったものです。青森などには、切られたのは舌ではなく尾羽だったとする、さらに古い型も伝わっています。「小さな親切が返ってくる鳥」という意味の出どころは、この報恩の話にあります。

「雀百まで踊り忘れず」の由来になった跳ね方

「雀百まで踊り忘れず」ということわざがあります。すずめが両足をそろえてぴょんぴょんと跳ぶ、あの独特の歩き方を「踊り」に見立てたものです。文献の上では、江戸初期の俳諧書『毛吹草』(1638年)にある例が古いとされています。「欣喜雀躍」という四字熟語の「雀躍」も、小躍りして喜ぶ姿から来ています。

「雀、大水に入って蛤となる」に見る変化のサインの出どころ

中国から伝わった七十二候の中に、「雀入大水為蛤(すずめたいすいにいりてはまぐりとなる)」という時候があります。秋が深まるとすずめが人里から姿を消していくのを、海に入って蛤に変わったのだと考えたものです。これは中国側の七十二候で、日本独自の言い伝えではありません。「すずめの姿が変わると、何かの転機が近い」という意味の出どころは、ここにあります。

世界のすずめと聖書・ギリシャ神話

すずめは日本だけでなく、世界各地でも意味を託されてきました。『ルカによる福音書』12章6節には、5羽のすずめがわずかな銅貨で売られていても、その1羽さえ神は忘れていない、という趣旨の記述があります。市場で最も安く売られる、ありふれた小さな鳥だったからこそ、その1羽が引き合いに出されたのです。ギリシャ・ローマでは、すずめは愛と美の女神アフロディーテの聖鳥のひとつとされてきたと言われています。小さくて、どこにでもいる鳥だからこそ、意味を託されてきた。それが、すずめという鳥にずっとある背骨です。

すずめからのメッセージを受け取ったあとに

受け取った意味を大切にするためにできることは、多くありません。

メモに残しておくこと

いつ、どこで、何をしていたときにすずめを見かけたのか。簡単にメモに残しておくと、あとから意味がつながって見えてくることがあります。

餌をやるより、そのままにしておくこと

何かしてあげたくなる気持ちはわかりますが、餌をやるより、そのままにしておく方がすずめのためになります。見守る距離感がちょうどいいのです。

「幸運の象徴」を待たずに動くこと

すずめを見かけたことを理由に、決めるべきことを先送りにしないでください。サインは背中を押してくれるものであって、決断そのものを代わってはくれません

すずめのスピリチュアルな意味のまとめ

すずめが運ぶメッセージに、こわい意味はほとんどありません。そして、すずめが縁起物になったのは、可愛いからでも珍しいからでもありません。秋の稲を食べてしまう害鳥だったのに、その「食べる口」を「厄をついばむ口」と読み替えた人たちがいたからです。ありふれていて、小さくて、どこにでもいる鳥だからこそ、これだけの意味が託されてきました。

すずめの話だけでは片づかない悩みがあるなら、話してみるのも一つの手です。

スピリチュアルメッセージ

🔮 今日のスピリチュアルメッセージ

視えない世界からのメッセージが、今日もあなたに届いています

メッセージを受け取る →
霧深い森の中で、苔むした岩の上に止まったスズメが、小さな黒い塊から光る粒子を飛び散らせながらくわえている様子を描いた幻想的な写真。背景には石灯籠が見える。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次