玄関で靴を履こうとしゃがんだ拍子に、たたきの隅で小さな蜘蛛が動いた。考えるより先に、そばにあった新聞紙を丸めて叩きつけていた。靴を履き直しながら、その場でスマホを開いている。
「朝の蜘蛛って、殺しちゃいけないんじゃなかったっけ」
蜘蛛を殺してしまったことに、決まった罰はありません。
この記事は、あなたを裁くための記事でも、儀式を増やすための記事でもありません。朝・夜・白い蜘蛛など状況別に言われてきた意味、バチが当たるといわれる理由、殺してしまったあとにすること、次に見つけたときの逃がし方を、この順に書きます。
蜘蛛を殺してしまったときのスピリチュアルな意味【結論】
結論から言います。蜘蛛を殺してしまったことに、決まった罰という言い伝えはありません。
言い伝えが求めているのは、罰を受け続けることではなく、次に出会った1匹への扱いです。
「朝の蜘蛛は敵と思っても殺すな、夜の蜘蛛は親に似ていても殺せ」。同じ蜘蛛のことなのに、時間帯によって言い方が正反対になっています。罰の決まりごとなら、地域や時間で言い方がここまで割れることはないはずです。
【状況別】蜘蛛を殺してしまったときの意味
蜘蛛を殺してしまった状況は、人によって違います。
朝だったか、夜だったか、色や大きさ、殺し方によって、言われてきた意味が変わります。
| 殺してしまった状況 | 言われてきた受け取り方 |
|---|---|
| 朝 | 待ち人・良い知らせを告げる側 |
| 夜 | 盗人を知らせる、殺せの側 |
| 白い蜘蛛 | 金運・吉兆の側 |
| 小さい・大きい | 小さな幸せ・大きな変化 |
| 家の中 | 家の中の虫を減らす役目 |
| 潰した・掃除機で吸った | 殺し方による違いはない |
朝と夜で言い方が正反対になっている理由は、クモ(蜘蛛)のスピリチュアルな意味と「夜の蜘蛛は殺せ」の本当の理由で詳しく扱っています。ここでは、あなたの状況に当てはめて1つずつ確かめます。
朝蜘蛛を殺してしまったとき
朝蜘蛛は、いちばん多くの人が「まずいことをしたのでは」と検索している状況です。
朝の蜘蛛は、待ち人や良い知らせ、その日の福を告げるといわれてきました。だから「殺すな」の側に置かれています。ただしそれは、これから会うかもしれない人についての言い伝えであって、殺してしまった人への罰の話ではありません。
朝に蜘蛛をよく見かけるのは、家の中の蜘蛛が昼も夜もそこにいて、人が動き出す時間に目に入りやすいからです。特別に朝だけ現れているわけではありません。
身支度をしながら見つけて、そのまま出かけて一日中気になっていた、という声はよく聞く形です。
夜に蜘蛛を殺してしまったとき
夜の蜘蛛は、盗人を知らせるといわれ、「殺せ」の側に置かれてきました。夜に殺してしまったなら、言い伝えのとおりにしたことになります。それでも引っかかるのは、朝と夜で言い方が正反対になっている、その割れ目のほうです。

白い蜘蛛を殺してしまったとき
白っぽく見える蜘蛛は、色の中でもとくに強い吉兆として語られてきました。願いごとが叶う知らせともいわれています。
吉兆は「見たこと」に結びついた言い伝えなので、その部分は、見た時点であなたがもう受け取っています。
そのあと手が出てしまったことは、見たことの意味を消しません。
小さい蜘蛛・大きい蜘蛛を殺してしまったとき
小さい蜘蛛は小さな幸せの始まり、大きい蜘蛛は大きな変化と語られてきました。大きさと、罪の重さは比例しません。これも「見たとき」の読み方であって、殺してしまったときの罰の重さを表す物差しではありません。
家の中で蜘蛛を殺してしまったとき
家の中にいる蜘蛛は、家の中の虫を減らす役目で語られてきました。役目がなくなるのは、そのあと1匹も家に来なくなった場合だけです。実際には、また別の蜘蛛が来ます。
家でよく見る蜘蛛は、人への害がほとんどないといわれる種類が多く、トイレや玄関で見かけたときも同じです。
蜘蛛を潰してしまった・掃除機で吸ってしまったとき
「潰したらダメ」という言い方が広まっていますが、言い伝えは、殺し方までは区別していません。叩いても、踏んでも、掃除機で吸い込んでしまっても、ここまで見てきた状況別の意味は変わりません。
掃除機で吸ってしまったあと、袋を捨てる段になって手が止まる、という声もよく聞きます。
蜘蛛を殺すとバチが当たる?不安になったときの受け止め方
バチという形の罰は、言い伝えの中身にはありません。言い伝えが求めているのは、罰を受け続けることではなく、次に出会った1匹への扱いです。そして、その扱いは1回で足ります。
罰の決まりごとなら、全国どこでも同じ形をしているはずです。朝は殺すな、夜は殺せというように、地域や時間帯で言い方が正反対になっている時点で、バチという規則としては成り立っていません。
バチが当たる・縁起が悪いと聞いて怖くなったとき
「バチが当たる」「縁起が悪い」という言い方を、どこかで見て怖くなった人もいると思います。
その言い方が広まったのは、家の中の虫を減らしてくれる役目との付き合い方を守るためでした。言い伝えが守ろうとしていたのは、殺してしまった1匹の命そのものではなく、これから先の付き合い方のほうです。
殺してしまったあとに悪いことが続いていると感じるとき
蜘蛛を殺してしまったあと、他にも良くないことが続いている気がすることがあります。
人は、起きたことの理由を、直前の出来事の中に探そうとします。確かめる基準は1つです。その出来事は、蜘蛛を殺す前から始まっていたかどうか。前から続いていたなら、蜘蛛は理由ではありません。
反射的に手が出てしまったとき
熱いやかんに手が触れた瞬間、手を引くと決めてから引いた人はいません。体は、考えるより先に動きます。
蜘蛛を見つけた瞬間に手が出てしまったのも、同じ仕組みです。「殺そうと思ったこと」と、「体が先に動いたこと」は、別のことです。責めるとしたら、動いてしまった体の反射ではなく、その前に何を思っていたかのほうです。そして多くの場合、そこには何の意図もありません。
罪悪感がいつまでも消えないとき
罪悪感が、何日たっても消えない人もいると思います。
判定できる基準が1つあります。殺してしまったあと、何か調べようとしたかどうかです。何も感じない人は、検索すらしません。今こうして読んでいる時点で、あなたはすでに払っている側にいます。
行動を変え続けることが大切だといわれることもありますが、いつまで変え続ければいいのかは、そこには書かれていません。終わりがあるとしたら、それは次に出会う1匹との間に置かれています。
蜘蛛のことを調べ始めたはずなのに、指が止まらずに別の言葉を検索窓に打っている夜もあります。そこに引っかかっているものを一人で名付けられないなら、話せる相手はいます。
蜘蛛を殺してしまったあとの片づけ方と区切りのつけ方
殺してしまった蜘蛛の片づけ方
片づけるときは、心の中で一言かけてから始めてください。「ごめん」でも「ありがとう」でも、どちらが正しいということはありません。
素手では触らず、ティッシュや紙を一枚挟んでから片づけます。掃除機で吸ってしまったなら、袋ごと処分すればそれで済んでいます。
塩やお香を使わない区切りのつけ方
塩やお香は、なくても足ります。清めの作法は、もともと自分の気持ちを切り替えるための区切りとして使われてきました。道具がなくても、区切りはつけられます。
何かしたいと感じるなら、窓を1枚開けて風を通す程度で十分です。
次に蜘蛛を見つけたときの逃がし方
手を出す前に一呼吸置く方法
次に蜘蛛を見つけたら、手を出す前に一呼吸置いてください。それだけで、償いは足ります。
蜘蛛を殺してしまったことは、もう変えられません。変えられるのは、次にどうするかだけです。
手が滑って割ってしまった皿は、元には戻りません。それでも、破片を片づけたあとは、次の皿を両手で持つようになります。償いは、割れた皿にではなく、次の皿に払われます。
蜘蛛を殺してしまったことも、同じです。償いは、殺してしまったその1匹にではなく、次に出会う1匹に払えます。
逃がすか、そのまま部屋を出るか、その場で決めればそれで足ります。
一呼吸置けた時点で、払い終わりです。そのあとまた殺してしまうことがあっても、それは別の日のことです。
逃がし方の細かい手順は、クモ(蜘蛛)のスピリチュアルな意味と「夜の蜘蛛は殺せ」の本当の理由にまとめてあります。
触らずに済ませる方法
次も同じ場面が来たら、自分はまた殺してしまうかもしれない。そう思っている人もいると思います。
逃がすと決めなくていいのです。殺虫剤を使う選択も、部屋を出てそのまま戻らない選択も、間違いではありません。見てほしいのは、手を出す前に一呼吸置けるかどうか、それだけです。
蜘蛛を殺してしまったときのスピリチュアルな意味のまとめ
蜘蛛を殺してしまったことに、決まった罰はありません。言い伝えが求めているのは、罰を受け続けることではなく、次に出会った1匹への扱いです。そして、その扱いは1回で足ります。
次に蜘蛛を見つけて、手を出す前に一呼吸置けたら、そこで払い終わりです。それ以上、続けなくていいのです。


抱えていたことを声に出すと、区切りの形が見えてくることもあります。話してみたいと思ったら、いつでも頼れる場所があります。
